私は、第13回通常総会の承認を得まして2023年2月5日付けで第3代獣医アトピー・アレルギー・免疫学会会長に就任いたしました。林屋牧男初代研究会会長、増田健一第2代学会長によってこれまで推進されてきた学会の活動方針を思うと重責を感じています。当学会は、アレルギーや免疫に関わる疾患の病態や診断基準、検査、治療のための正しい情報を小動物臨床獣医師へ発信することを第一義としています。私もこの分野の理解を深めるために当学会の門を叩いた臨床獣医師の一人ですから、会長として今後も獣医学、医学の基礎研究者と臨床獣医師の間を取り持つことによって小動物診療の現場に最新かつ正しい情報提供ができるよう精進してまいります。
2006年9月に日本獣医アトピー・アレルギー・免疫研究会として発足した当学会は、2007年1月に第1回獣医アトピー・アレルギー・免疫シンポジウム、2008年8月に第1回ベーシックセミナーを開催してから、その後毎年、年始にシンポジウム、夏にベーシックセミナーを開催しています。シンポジウムやベーシックセミナーにおいては獣医学分野の臨床研究者、基礎研究者、人医学分野の研究者を招聘して教育講演を行いながら、一方ではカジュアルな意見交換や議論の場を設けてきました。会場参加者を交えた臨床免疫検討会では、学問と日々の診療におけるギャップに焦点を当てて議論したり、ホワイトボードセミナーとして、論理的思考、論文作成、学会発表の方法、日本の獣医学教育の課題など様々な内容を語ってきました。これらは他の学会では見られない、当学会独特の試みであったと思います。さらに獣医学部学生および若手獣医師を対象とした免疫サマースクールも開催しました。2010年8月には、獣医アトピー・アレルギー・免疫学会に移行した後、学会誌(年1回、デジタルコンテンツとして会員に無料で電子的配布)を発行し、最新の免疫学や注目の論文紹介、症例報告などの提供を開始しました。そして、系統立てた学習体系を提供することと専門知識を持った獣医師を養成するために、2012年から技能講習制度を設置し、アレルギー、免疫の知識を十分に持った技能講習履修獣医師をこれまでに10名認定しています。アレルギーや免疫が関連する疾患はその病態と症状が臓器を横断するため、既存の各科の専門医、認定医の専門性だけで理解して対応することが困難な場面が多く存在します。技能講習履修獣医師は臓器別各科が持つ専門性の盲点を補完できる存在となり、網羅的な病態把握、診療体系を実現できる存在として活躍の場を広げています。このように当学会は、発足時には未開拓であった獣医学分野におけるアレルギー学、免疫学に発展の道筋を付けた存在であると自負しております。
しかしながら、現在の小動物診療において未だ曖昧な部分が多々残っています。ステロイド剤や免疫抑制剤を漫然と使用し続けたり、また、近年では抗体医薬やヤヌスキナーゼ阻害薬、チロシンキナーゼ阻害薬などの分子標的薬も利用可能となってきたものの、思い通りの治療結果が伴わなかった場合に、診療に行き詰まる獣医師が多くいると推測します。この状況を克服するためには、やはりアレルギーや免疫システム、分子病態に関する正しい知識の習得が必要です。大学で学ぶ免疫学だけでは進歩の早い免疫学の知識は十分とは言えません。この点において継続的な卒後教育は欠かせないものですが、臨床獣医師が利用可能な免疫学の情報を診療の合間に学術論文を検索して読み込んで収集し、それらを理解して犬猫の臨床に必要な情報をまとめるのは至難の技です。獣医学分野における学会もまた、免疫と疾患をテーマにしているものは皆無と言っても過言ではないでしょう。このように、臨床獣医師が臨床に使える免疫学の知識をアップデートすることは容易ではない現状が存在します。
そこで当学会の使命は、この状況を少しでも改善し、臨床獣医師が正しい病態の理解、診断そして治療が実施できるように、科学で裏づけされた正しい免疫学の情報を臨床とつなげて少しでも多く発信していくことと考えております。そのためにはこれまでと同様に獣医学分野の臨床研究者、基礎研究者、人医学分野の研究者を招聘し、最新の情報を提供してまいります。時に、一見すると明日の診療には直接結びつくことがないように思える基礎的な情報もありますが、一つの疾患に対して論理的に考察し、診断、治療、そしてペットオーナーの理解を深めるための説明へと導く一助となることは間違いありません。
また、とくに若い臨床獣医師の皆様には各分野の専門医や認定医を目指す前に、論理的思考に基づく診療とペットオーナーが理解しやすい説明力、文章力、表現力を身につけた“普通の獣医師”になるための訓練の場として当学会を活用していただければ幸いです。学生の皆様にも門戸を広く開けておりますので、獣医師になる前から当学会へ参加していただくことで病態解明の研究へ関心をお持ちいただき、獣医学分野にとどまらず、将来は、人医学や生命科学に貢献できる獣医師を目指す契機となることを期待しております。
このような当学会を今後も末長く継続していくためには、何より会員の皆様のご理解とご支援が欠かせません。将来の財産となるべき免疫・アレルギー学の知識を獣医学分野で次の世代に残すために、個人的にも現状に満足することなく精進してまいりますので、何卒皆様のご協力を引き続きよろしくお願い申し上げます。
2023年2月
獣医アトピー・アレルギー・免疫学会
会長 杉田 浩児